大判例

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大阪高等裁判所 平成4年(行コ)27号 判決

控訴人

大阪市

右代表者市長

西尾正也

右訴訟代理人弁護士

中山晴久

間石成人

杉山博夫

右訴訟復代理人弁護士

岩本安昭

被控訴人

日本臓器製薬株式会社

右代表者代表取締役

小西甚右衞門

右訴訟代理人弁護士

宮原守男

坂本壽郎

高木右門

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  控訴人は、被控訴人に対し、二億四六一四万〇一三六円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  被控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その九を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

一  当事者双方の申立

1  控訴の趣旨

(一)  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二  事案の概要

次に付加するほか、原判決の「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。

1  控訴人の主張

(一)  改善費用の運用益相当額の補償について

(1) 現在、公共事業施行者は、その公共事業施行のため必要となる用地取得に当たり、減速として昭和三七年六月二九日閣議決定の「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(以下「損失補償基準要綱」という)並びにこれを受けてその細目を定めた昭和三七年一〇月一二日用地対策連絡協議会決定の「公共用地の取得に伴う損失補償基準」(以下「損失補償基準」という)に基づいて補償実務を行っているが、損失補償基準要綱においては「建物等の移転に伴い、建築基準法その他の法令の規定に基づき必要とされる施設の改善費用に要する費用は、補償しないものとする。」(二四条二項)と規定され、それを受けて損失補償基準でも「建物等の移転に伴い、木造の建築物に代えて耐火建築物を建築する等の、建築基準法その他の法令の規定に基づき必要とされる既設の施設の改善に要する費用は補償しないものとする。」(三二条)と規定されている。これらの基準等で法令に基づき必要とされる施設の改善費用(以下「法令改善費用」という)を補償しないとするのは、建築基準法その他の法令に基づく義務は、財産権に内在する負担として通常受忍すべきものであり、かつ、法令に適合した改善を行うのは、法令によって当然に負担すべき義務であって特別の犠牲には当たらないからである。また、仮にこれを補償しなければならないこととすれば、移転対象物件の価値は、従前の物件の価値よりも当該改善の分だけ増加することとなるから、被収用者はその補償に対応する財産権を不当利得することになり、収用の前後を通じて、完全な補償、すなわち被収用者の有する財産的価値を等しくならしめるに足りる補償をすべきものとする土地収用法八八条の趣旨に反することとなる。

法令改善費用の運用益相当額についても、法令改善費用自体と同様に考えるべきである。つまり、法令改善費用自体が内在的制約として補償の対象ではないにもかかわらず、その運用益だけが補償の対象となるのは不合理であり、かつ、運用益を補償しなければならないとすれば、改善により建物の価値が増加するとともにその使用価値も増加するのであるから、それによる利得と運用益との二重の利得が許されることになり、法令改善費用が補償されるのと同様の不当な結果を招来するものであるから、運用益についても補償の対象となる特別の犠牲に当たらず、補償を要しないというべきである。補償としては、収用がなかったのと同様な財産状態を実現すべき補償がなされれば十分なはずであり、従来の建物の法令改善費用も含めた改善に要する費用については、被収用者が負担すべきものであって、これに要する費用の運用益相当額も当然に被収用者が負担すべきものである。

(2) 法令改善費用の運用益を通常生じる損害として補償すべきであるとの前提に立つとしても、本件における建物移転料の裁決は、被控訴人の建物等について減価償却費をも考慮しないで新設補償(甲第一号証)を行うものであり、従前の建物の再建価格が補償されるものであるから運用益に関する補償は問題とならない。すなわち、本件裁決では、耐用年数も経過し老朽化した現存の平野工場について新設価格によって補償し、しかも平野工場の機能回復に重点を置き、減価償却累計額についてはなんら控除することなく補償しているのであるから、被控訴人には、工場を建設するに際して、それまで減価償却費として積み立ててきた費用相当額の利得が生じていることになり、その積立費用をそのまま新工場建設費用に充当することができることになる。つまり、被控訴人は、平野工場を本件収用なしに移転するとすれば同一規模の建物の新規建設費用と建物の現在価値との差額を負担しなければならないはずであるが、被控訴人はこの支出を免れている。

このように、本件裁決の考え方は、完全補償を超えて、いわば老朽建物を新築建物で補償しようというものであり、繰り上がった支出費用の運用益の補償はおよそ問題とならないものであって、土地収用法八八条による機能回復のための補償としては、本件裁決の認定した額で十分である。

(3) 被控訴人は、移転先において新たな製造許可を取得し、製薬工場としての生産機能を回復するために客観的社会的にみて通常生産機能の回復に必要な改善費用の額の運用益について補償すべきである旨主張するが、右機能回復に要する費用は、以下に述べるように、実は既存の施設の改善に要する費用であって、そもそも客観的社会的にみて新たな製造許可を取得するのに必要な費用には当たらない。

① 被控訴人は、平野工場の状況を前提としてこれを移転先において再建したとしても、医薬品の製造許可を得ることは困難である旨主張するが、平野工場もGMP許可を受けていたのであるから、平野工場の建物の新設価格を補償すれば、被控訴人の持つノウハウと併せ十分に右許可を得ることが可能なはずである。仮に、薬品製造の許可に当たり、新設工場の方が行政庁から厳格な要求をされるのが実態であるとしても、それは許可基準が異なることによるのではなく、より高品質かつ安全な医薬品の製造環境の確保という行政目的からの行政指導として、上積み的により高度な設備を要求されているためであるとしか考えられない。問題は、土地収用法上このような行政指導による上乗せ的な費用について補償を要するかであるが、収用における補償は、被収用者について収用前と同様な財産状態を回復することを目的とするのであり、このような行政指導による設備の改善に要する費用については、法的に医薬品の製造許可を得るために必要な費用といえず、収用に伴って通常生じる損害とは到底いえない。

② さらに、平野工場はGMP適合工場であり、本件裁決ではこれに対して減価償却をしない新設費用が補償されていること、また、小野工場の設計思想は平野工場より業界内の状況、将来性等を勘案したものであり、建設単価は安井建設設計事務所の基本計画を上回るものであったこと、従業員の福利厚生施設を充実させていることなどを総合的に考慮すれば、平野工場の移転に通常要する費用としては、本件裁決の認定した額をもって十分というべきであり、それ以上に、構造設備の改善費用相当額を認める合理的根拠はなく、また、法令上必要としない機能回復に要する費用に係る運用益相当額を収用に伴う特別な犠牲として認める必要もない。

③ また、被控訴人の主張によれば、平野工場がGMP適合工場としての限界に近づき、被控訴人としては近々のうちに工場の移転又は新設等の抜本的な改善を行う必要に迫られていたというのであり、被控訴人が新工場を建設するについては、本件収用が単なる契機であったにすぎず、被控訴人としてはいつでも新工場を建設する用意があったといわざるをえず、生産機能回復のための改善費用は、被控訴人において可及的速やかに支出せざるを得ない状態にあったのであるから、改善費用の支出の時期が繰り上がったと認めるべき事実は存しない。

(二)  機械装置の移転料について

(1) 被控訴人は、土地収用法八九条が起業地以外の土地(控訴人主張の残地)には適用されない旨主張するが、同条は、自由な所有権の行使を禁止するものではなく、自由な所有権の行使を前提として、補償金の増加をもたらす行為を抑制するため、補償金の請求には一定の制限をおき、補償の請求については都道府県知事の承認に係らしめているのである。

右の見地から、土地収用法八九条の規定が、起業地のみならず、起業地以外の土地についても適用されることは、① 文理上、同法二八条の三が対象地として「起業地」に限定して規定されているのに対し、同法八九条ではなんら「起業地」等の限定がないこと、② 残地収用の請求権が認められていること、③ 関連移転が認められるときは建物内の機械設備についても移転補償の対象となること等から、補償増加についてなんらかの歯止めを加える必要があるところ、法律上事前に残地利用にとって必要な物件の設置と不必要な物件の設置を分けて規定し、前者を自由に行い得るものとした場合、事後において不必要な物件の設置と判定され補償が受けられないことにより、被収用者に不測の損害を被らせることがあることから、都道府県知事によりすべて事前審査をしてその相当性を事前に判断しておくのが合理的であると考えられること等から見ても明らかである。

さらに、被控訴人は、土地収用法八九条も都市計画法六五条、土地区画整理法七六条と立法趣旨は同一と考えられるから、土地収用法八九条の規定においても「起業地内において」との文意であると解釈すべきであるとするが、都市計画法六五条、土地区画整理法七六条は、まさに土地利用の自由を規制する趣旨で事業に支障を及ぼすような行為を禁止する趣旨であり、それぞれ「当該事業地内において」(都市計画法六五条)、「施行地区内において」(土地区画整理法七六条)のように限定をつけて規定されており、むしろ土地収用法二八条の三と同じ趣旨であると解されるところ、これに対して、土地収用法八九条は、これらの行為を直接に禁止する趣旨ではなく、単に補償請求権を制限するにとどまり、都市計画法六五条、土地区画整理法七六条、土地収用法二八条の三の趣旨とは異なるものであり、前述のように、起業地のみならず起業地外の残地についても適用あることを前提としているため、「起業地」に限定する文言はなく、「土地」と規定しているのである。

(2) 土地収用法八九条の前述した趣旨に照らせば、建物等の内部に設置される機械等の物件についても、同法八八条による動産移転料等の対象となるのであり、損失補償の増加をもたらすことがあるのは明らかであるから、これを同法八九条の制限の対象から除外すべき理由はない。また、文理上も同条一項は「工作物を新築し、改築し、増築し、若しくは大修繕し、又は物件を附加増置したときは」と規定しているのであって、工作物に設置された物件を排除する趣旨と解することはできない。因みに、土地収用法において、土地に設置された物件のみに限定しようとする場合には、その使用例として「土地に定着する物件」(五条)、「土地にある物件」(三七条)、「土地に物件があるとき」(七七条)、「その土地にある工作物、土地若しくは工作物にある物件」(三五条)といったように、「土地に」という表示が使用されており、八九条の単なる「物件」を「土地に設置された物件」と限定して解釈するのは妥当でない。

本件における被控訴人の機械装置の附加増置は、単に減耗資産の入替えではなく、新たな機械装置の大規模な設置であり、被控訴人の主張するような物の通常の用法に従った利用上必要な軽微な行為ではない。また、土地収用法八九条は、既に述べたように、補償の増加を防止するという趣旨から、建物への「物件を附加増置したとき」をも含む趣旨であると解すべきであり、仮に必要な機械装置の入替えであったとしても、同条は、補償すべきものであるか否かにつき事前に承認に係らしめてこれを審査し、被収用者が不当に補償を増加させることを防止することを目的とするものであるから、原則として都道府県知事の承認を受けるべきものであり、この手続きを履践しない以上補償が受けられないという不利益を受けるのはやむを得ない。

(3) 土地収用法三六条は、起業者に、事業認定の告示後土地調書及び物件調書の作成義務を課しており、起業者が土地収用法に定める手続きに則り適法に作成した調書は、土地収用法三八条の効果が与えられ、この効果の一つとして、事業認定の告示時における補償対象物の存否が確定され、それが事実に反していることを主張するものは、これについて立証することを要する(被控訴人が、本件で追加補償請求する機械装置は事業認定の告示の時に存在しなかったことについては争いがない。)。事業認定の告示時に存在しなかった物件について補償請求するには、土地収用法八九条の規定にかかる都道府県知事の承認を得ていることを立証の上請求することを要するものであり、この請求は、土地収用法四九条で準用する同法四八条三項の規定に基づき意見書で行う必要がある。

以上述べたように、原判決別表4写真番号1ないし36記載の機械及び装置(以下「本件機械装置」という)は、いずれも都市計画法七一条により事業の認定の告示の時とみなされる昭和五三年四月一日以降に平野工場に附加増置された物件であるから、補償を求めるためには、予め附加増置について大阪府知事の承認を得ていることが必要であるところ、被控訴人は、本件機械装置の附加増置について、いずれも大阪府知事の承認を得ていないのであるから、これらについて補償を請求することはできない。

(4) 収用委員会は、明渡裁決における損失補償の裁決に当たっては、土地収用法四八条三項の規定に基づき当事者が意見書によって申し立てた範囲を超えて裁決してはならないことは次に述べるとおりであるから、被控訴人の追加請求する機械装置の補償について、都道府県知事の承認を得たことの証明もなく、意見書で請求もされていない以上、本件裁決がこれを認めなかったのは正当である。

すなわち、第一に、土地収用法四九条二項で準用される四八条三項は、明渡裁決において裁決すべき損失の補償総額について当事者の申し立てた範囲を超えて裁決することを禁ずるにとどまるもの(単に総額のみの問題)ではなく、損失補償について当事者主義をとり、どの損失について補償を請求するかについて当事者の選択に委ねているものと解すべきであり、当事者が申し立てなかった損失については裁決することができないという効果をも有するものである。本件のように意見書等に全く記載されていなかった物件の移転料等を訴訟で請求できるものとすれば、調査日において存在した物件について、たとえ当事者が補償を請求する意思がないなどの理由で法定の意見書等に敢えて記載しなかったものであっても、事後に訴訟で補償の請求ができることになるが、このような結論は裁決手続きを空洞化するものであり、容認できない。

第二に、土地収用法が裁決による補償の決定という手続きをとる以上、明渡裁決に近接した時点を物件の調査の基準として裁決することはやむを得ないことであり、被収用者としても、近接して裁決が行われることは明らかなのであるから、その間に必要な物件の設置については当然予見可能なはずである。したがって、被収用者は、審理終結時において土地の利用上必要な物件の設置等を主張できたはずであって、この主張をしていない以上、損失補償を受けられないことがあっても同法四八条三項及び四九条二項の趣旨から考えて受忍すべきである。

第三に、仮に、裁決の基礎とすることができる事実の時的限界を定める規定がないことから、調査日以降の事実の変更があれば、裁決によって定められた補償額の変更も認められるとする見解に立てば、事実調査期日から明渡期日までに新たな物件の設置等事情の変更があれば、常に、訴訟によって原裁決の変更を求めることができることになり、かくては、収用委員会という特別の機関を設けて、裁決という形で損失補償について客観的かつ公正に判断させようとする土地収用法の趣旨を没却することになり、不当である。

(三)  営業上の損失補償について

(1) 医薬品の製造工程の移転に伴う操業停止期間中、製品の供給停止を回避する措置として、操業停止期間に見合うストック生産をするのであれば、操業停止期間中も通常どおりの製品供給により販売活動が維持され、売上に影響がないのであるから、損失補償額は、ストック生産のための増分費用、試験操業のための原材料費、操業停止期間中の給料手当、試験操業若しくは操業停止に伴うその他経費の補償及び移転広告費に限られるのであり(乙第四二号証)、収益補償の必要はないし、操業停止期間中の固定経費等はストックされた製品の売上により回収され、補償の対象とはなりえない。

したがって、被控訴人が、固定経費、研究経費並びに販売費及び一般管理費の休業手当相当額、収益補償を営業補償の増額として請求するのは失当である。

以下、個別の営業補償の各項目について詳論する。

① 固定経費補償

製品の原価構成には当然固定経費が含まれており、その生産量が増加しても一定期間の固定経費は増加しないから、ストック生産と通常生産とが平行して行われる場合には、この期間中の固定経費は、右通常生産による製品の販売により回収されている(この点につき、ストック生産により当該期間の固定経費がその分だけ増加していると見るのは誤りである。)。操業停止による供給停止を回避する措置としてなされるストック生産に係るストック製品の原価に含まれる固定経費は、操業停止期間中の固定経費に相当するものである。

次に、販売費及び一般管理費についても、ストック生産によって販売活動を通常どおり維持できる以上、補償の対象とならない。

② 給料手当

平野工場の従業員の操業停止期間中(二か月分)の休業手当相当額の算定において、基準内賃金を推計しないで、残業手当や賞与も含めた計算をするのは誤りである。賞与は固定的経費で、ストック製品の原価に転嫁しているとみるべきであり、ストック製品の販売により回収されるものであるから、その補償対象となる額は、七一〇六万五三二〇円(乙第四二号証)を超えない。また、販売費及び一般管理費や研究経費の内訳項目である給料手当は固定経費であるところ、固定経費は売上により回収され、操業停止にもかかわらずストック生産によって販売活動は維持できる以上補償の対象とならない。

操業停止が営業販売活動に影響を及ぼし活動率が低下するか否かにつき、ストック生産によって計画的に在庫調整すれば、活動率の低下は無視できる程度に僅少であるはずであり、一〇パーセントも活動率が低下するとは到底考えられない(本件において、操業停止は販売に影響がなく、活動率の低下はなかった。)。

③ 収益補償

平野工場の操業停止による被控訴人の収益減の有無と補償の要否につき、操業停止に備えて計画的に製品を増産してストックすることは、営業販売活動を維持するため社会通念上相当な企業判断であるから、操業停止期間中も販売活動を通常どおり維持できる以上補償する必要はない。

なお、以上の点については、営業補償の鑑定評価書(乙第四二号証)により明らかである。

(2) 一〇パーセント加算について

被控訴人は、土地収用法にいう「通常受ける損失」の判断に当たり、裁決時点において、当該企業の生産額や収益が上昇しているような特段の事情が認められる場合には、これを考慮して明渡しに伴う営業上の損失を認定すべきであると主張するが、右にいう将来の収益等の上昇は、単なる可能性に過ぎないものであり、土地収用法にいう「通常受ける損失」には当たらない。仮に、被控訴人主張の判断によるとしても、本件の場合、収益が上昇傾向にあったことが補償の算定に反映するかについて、他企業の同種商品の開発可能性、主力商品の売上高の将来予測、新薬の研究開発の可能性、薬価改正などの要因や、物価、金融情勢などの社会的経済的変動を具体的証拠に基づき検討すべきものであり、単に生産高の上昇のみをもって補償を増加すべきではない。

したがって、本件において、単純に裁決前数か年の生産額及び収益等の伸びから、将来の明渡時期における営業損失の見積もりにおいて、裁決直近の五三期における決算額に一〇パーセント加算して認定することは、通常生ずる損失を補償すべきであるとする土地収用法八八条に照らして妥当でなく合理性を欠くというべきであるから、固定経費、給料手当、ストック生産における増分経費について、いずれも裁決額に一〇パーセント加算して補償を増加することは誤りである。

(3) 操業停止期間について

平野工場におけるノイロトロピンの製造日数が第二工程から第七工程までの合計四一日間であることを前提に平野工場の順次停止、動産移転というスケジュールを組み立て、二か月間の操業停止期間が必要であるとして、これに相当する損失を生じるとするのは誤りであり、以下に述べるように、ノイロトロピンの製造期間は一〇日程度であると推定でき、これを基に平野工場を工程毎に停止して動産移転を行うという移転方法をとるとすれば、移転に伴う操業停止日数としては一か月を超えることはないはずである。

① ノイロトロピンの製造日数を四一日とする根拠は、乙第二三号証(一一一頁の表)であるが、この数値は、被控訴人が企業秘密をたてに細部工程も一切明らかにしないまま提示した数値に過ぎず、これを裏付ける客観的資料がなく合理性を欠くものである。現に、被控訴人から提出された書類である乙第二九号証によれば、第二工程から第七工程までの所要日数は二五日とほぼ半減しており、前記日数が客観的根拠を欠くものであることを明らかにしている。

② 次に、一般的に製造期間の推計を行う場合に用いられる検討手法を用いて、ノイロトロピンの製造日数を四一日とすることの不合理性を明らかにする。

(a) 仕掛品回転期間による製造期間の分析方法

財務諸表の数値から製造期間を算定する場合に通常用いられる方法として、仕掛品回転期間を計算する方法があるが、その一般的な方法について以下に述べる。

一般に商品を生産する場合、投入材料に加工を始める仕掛品が生じ、その加工が完了し、製品が産出されると仕掛品がなくなるという過程をとる。そこで、ある時点で生産を停止すると、そこには加工度零に近いものから加工度一〇〇に近いものまでの仕掛品が存在しているはずである。したがって、その時点で存在する仕掛品の加工度は平均五〇パーセントであると推定することができる。この前提で以下のような方法で製造期間を推定することができる。

(イ) 仕掛品一日当たりの製造費用

まず、ある企業の一年間の原材料費の総額と加工費(製造費用から原材料費を除いたもの)の総額が与えられているとすれば、仕掛品一日当たりの製造費用が次のように求められる。

仕掛品1日当たりの製造費用=(原材料費+加工費×1/2)÷365

加工費=製造費用−原材料費であるから、これを代入すると、

仕掛品1日当たりの製造費用={原材料費+(製造費用−原材料費)×1/2}÷365

となる。これを整理すると、

仕掛品1日当たりの製造費用=(原材料+製造費用)×1/2÷365

という式が成立する。

(ロ) 製造期間の推定

同様の前提で、ある時点での仕掛品の価額の総額は、当該製品の製造期間内に原材料の投入から製品となるまでの各段階の仕掛品が平均的に存在すると推定するのが合理的であるから、その合計金額は、仕掛品の一日の費用に製造期間を乗じて得たものと等しくなるはずである。このことから、

製造期間=ある時点での仕掛品の総額÷仕掛品1日の製造費用

ということになる。

これに(イ)の式を代入すると、

製造期間=ある時点での仕掛品の総額÷{(原材料費+製造費用)×1/2÷365}

となる

ある時点での仕掛品の価額の総額については、平均的に存在する仕掛品の価額として決算関係書類に掲載される期首における仕掛品の価額と期末における仕掛品の価額の平均であると仮定することができるから、

製造期間={(期首仕掛品+期末仕掛品)÷2}÷{(原材料費+製造費用)×1/2÷365}

ということになる。

したがって、被控訴人の財務諸表等により、この式の数値が明らかになっていれば、製造期間の推定ができる。

(b) 被控訴人における製造期間の推定

収用裁決当時における被控訴人の平野工場におけるこれらの数値は、第五三期の決算書である甲第一二〇号証に表示されており、同号証(四頁の製造原価計算書)によれば、期首仕掛品の棚卸高は一億一六二万八二三八円、期末仕掛品の棚卸高は七二四四万七九七〇円、原材料費は二二億七五一二万九〇〇四円(このうち、包装材料仕入高五億八三六〇万三五八六円は、製造期間の算定とは関係が薄いと思われるので、これを控除する。)、製造費用は四三億三四一九万三五〇三円である。これを前項の式に当てはめると、

{(101,628,238+72,447,970)÷2}÷{(2,275,129,004−583,603,586+4,334,193,503)×1/2÷365}≒10.5となる。

ノイロトロピンは平野工場の主力製品であり、生産高の大部分を占めていることから、前述のような推計には十分な合理性があると考えられる。したがって、ノイロトロピンの製造期間は約10.5日であると推定することができる。

(c) 仕掛品の量から見た製造期間

平野工場におけるノイロトロピンの製造期間四一日の不自然さは、仕掛品の量からも裏付けられる。

平野工場におけるノイロトロピンの昭和五六年の年間生産量が四八五〇万本、四〇〇ロットと推計されるとすれば、一日当たり平均してほぼ1.1ロット完成することになり、これを達成するためには仕掛品を常に約四五ロット(1.1×41)を保有していることが必要である。この時期の原材料費は二二億七五一二万九〇〇四円、製造費用は四三億三四一九万三五〇三円であるから(甲第一二〇号証)、原材料に投入される加工費の総額はその差額の二〇億五九〇六万四四九九円である。この場合の製造費用に見る原材料費と加工費の比は、原材料を一〇〇とすると約100対90.5となる。前記のとおり仕掛品の平均加工度は五〇パーセントであると推計できるから、ある時点で有する仕掛品の総額には原材料費と加工費が100対45.25(45.25は、90.5に平均加工度の五〇パーセントを乗じた値)の割合で含まれていると推計できる。

四〇〇ロットの製造に必要な原材料費は、二二億七五一二万九〇〇四円であるから、四五ロットの仕掛品に含まれる原材料費は、

2,275,129,004×(45÷400)≒255,952(千円)

となる。これに対応する加工費は、前記のとおり45.25パーセントであるから約一億一五八一万八〇〇〇円となる。これを合計すると、平野工場において通常の生産状態で有すべき仕掛品の価額の総額はほぼ三億七〇〇〇万円程度でなければならない。

しかし、前記のとおり、当時被控訴人が平野工場において有していた仕掛品の価額の総額は、期首・期末のうち多い方の期首においても一億一六二万八二三八円あまりに過ぎず(甲第一二〇号証)、三億七〇〇〇万円の三〇パーセント程度に過ぎない。このことからも、平野工場におけるノイロトロピンの製造に要する期間は、実際は四一日ではなく、その三分の一以下の数字ではないかと推定することが可能であり、前記の約10.5日の製造日数の推定に合理性があることが裏付けられる。

(4) 試験操業経費について

試験操業においては通常よりも操業率を落として操業を行うのが通常であるところ、試験操業においても本操業時と同様の生産量で操業し、経費を投入することを前提として原材料費、労務費等を計算することは経験則に反する(甲第一六号証の四によれば、被控訴人自身、試験操業の操業度としては、通常の操業の四分の一程度を考えていたということであり、フル操業の状態を前提に試験操業経費を見積もるのは明らかに過大である。)。

前述のとおり、ノイロトロピンの製造日数を10.5日と推計すれば、試験操業期間は一か月を超えるものではなく、八七日(原判決認定)の三分の一程度となり、経費は操業度を四分の一と計算して、四五二六万〇四一〇円(原判決認容額)の一二分の一程度となるものと推測される。

(5) 営業補償に関する総括

控訴人がこれまで述べたところによって算定すれば、営業上の損失補償金額は、本件裁決で認容された額一億七一〇六万円を超えないはずである(営業上の損失補償金額として合計三億〇七〇五万三〇四二円を認定し、本件裁決で認容された額との差額一億三五九九万三〇四二円の増額請求を認容する原判決は誤りである。)。

2  被控訴人の認否及び主張

(一)  認否

控訴人の主張は総て争う。

(二)  機械装置の移転料と土地収用法八九条の解釈

(1) 土地収用法八九条が起業地以外の土地(控訴人主張の残地)に適用されないことは、同法二六条一項の事業認定の告示が起業地の範囲を明確に区分特定して、起業地を表示する詳細な図面を作成して縦覧させるという手続上厳格な方法をもってなされること、及びその告示後に初めて起業地の形質の変更・起業地上の工作物の新築等の私権の制限を受ける法意に照らしても明らかである。控訴人主張のように、起業地の範囲外の土地についてまでも八九条の規定の本文を適用し、もって被収用者に不当に不利な類推解釈を許すとするならば、それこそまさに憲法二九条に直接違背する違憲・違法の解釈というべきであり、到底許されない。

(2) 控訴人は、都市計画法六五条、土地区画整理法七六条の根拠法規があることを理由の一つに挙げているが、都市計画法六五条は「当該事業地内において、都市計画事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更」等と規定し、土地区画整理法七六条は「施行地区内において、土地区画整理事業の施行の障害となるおそれがある土地の形質の変更」等と規定しているところ、土地収用法八九条も、都市計画法六五条、土地区画整理法七六条と立法趣旨は同一と考えられるから、土地収用法八九条の規定においても「起業地内において」の文意であると解釈すべきである。

(3) 本件機械及び装置は、総て起業地外の物件(C土地物件)であるから、本件収用委員会が昭和五七年八月一六日の調査日前に平野工場に設置された機械装置に対して、土地収用法八九条所定の承認の事実がないにもかかわらず補償を認める解釈運用をしている事実からしても、控訴人の主張に根拠のないことが明らかである。

(4) 控訴人は、建物内に設置する機械等の物件については土地収用法八九条の適用がないとの解釈を争うが、起業地といえども、それが収用されるまでは、本来自由な所有権の行使が認められるべきものである。因みに、同条は、大修繕にだけ適用があると解される。すなわち、本条の趣旨は、悪意の投資を禁止することであるから、損失補償の増加を目的に不必要かつ不自然な工作物の改良等に対してその補償を否定しようとするものであり、物の通常の用法に従った利用上必要な程度の軽微な修理・修繕は、知事の承認を得ずして補償請求権があると解されている(行政判大正七年七月三一日行録二九輯八七一頁)。また、現有財産権の機能維持の目的のため必要な物件(動産)の代替、設置などについての適用は除外されるものと解すべきである。

(5) 土地収用法八九条一項の「物件の附加増置」にいう「物件」とは「附加増置」が収用の目的ないし収用の円滑迅速な実施を妨げ、ないしはゴネ得的投資の場合とすれば十分であり、これ以上に拡大することは、被収用者を余りにも不安定な位置に置くものとして許されない。本件機械及び装置の動産物件は、いずれも従来の用法どおりの使用、収益の中で老朽化その他の理由により日常的に頻繁な設置を必要としたものであり、これらにつき一々総て大阪府知事の承認を要求することは、不可能事を強いるものにほかならない。控訴人の主張が是認されることになれば、被収用者は、事業認定直後から従来の用法に従った使用・収益の中で日常的に必要となる動産物件の交換、調達すら重大な制限を受けることになり、事業の機能を維持するに足る使用・収益に重大な支障を来たさざるを得ないことになるが、かかる結論が土地収用法の定める収用制度、ひいては憲法二九条三項の規定(正当な補償)の本旨に反するものであることは言を俟たないところである。

(三)  営業上の損失補償

(1) 固定経費等の補償

① 控訴人は、固定経費が売上によって回収されないと認められる場合に限り、固定経費は補償対象となるのであって、操業停止前のストック生産によって、操業停止期間内も営業活動ないし販売活動が維持できる場合には、操業停止期間中にも支出が見込まれる固定経費は、右営業・販売活動によって回収される関係にあり、補償対象とはならないとの見解(乙第四二号証)に基づく主張をするが、本件の製薬会社である薬品製造販売業においては、製品の製造(生産活動や研究活動)があってはじめて、販売を通して製造経費や研究経費等の固定経費が回収されるのであって、製品の製造が休止すれば、その休止期間の固定経費は永久にロスとなるもので、本来補償対象とすべきものである。

② ストック生産は企業努力の成果である。被控訴人は、企業努力によって本件収用による工場移転に伴う操業休止期間に備えてストック生産をし、これによって初めて医薬品の供給ストップという緊急事態を回避することができた。企業努力をし、ストック生産をした真摯な企業に対しては、操業休止期間のロスとなった固定経費は補償されず、かえって、企業努力を怠り、ストック生産をしなかった、製薬会社としての公共的指命を果たさない企業に対しては補償されるという控訴人の主張が、不合理極まる論理であることは明白である。

③ 控訴人の主張は、固定経費は一般的に販売による収益から回収する(収益は販売によって生ずる)という会計学上の立場の表明に過ぎず、製造工場の操業休止によりロスとなった固定経費は、ストック製品があっても回収されず残存する(生産がなければ販売もない、すなわち、生産の休止とロスとなった固定経費との間に相当因果関係がある。)という法律上の考え方が欠落している。このような法律的考え方を明示した判例がある(東京地裁昭和五〇年一〇月二一日判決、労働民集二六巻五号八七〇頁)。したがって、ストック生産によって固定経費が回収されているという主張は理由がなく失当である。

(2) 給料手当

① 平野工場の操業を停止したのは昭和六〇年一〇月末であり、小野工場で実際に操業を開始したのは昭和六一年二月からであり、操業休止期間は実際二か月以上に及んでいる。この間、従業員には給料及び賞与全額が支払われており、この給与及び賞与は、まさにロスとなった固定経費である。控訴人主張のような操業休止期間のロスとなった給与等の固定経費が総てストック生産によって賄われるべきであるという独自の見解によって、原則としてストック生産のための増分工賃だけを補償すれば足りるとする主張(乙第四二号証六頁の4・2)は、本件操業休止とロスとなった固定経費との間の相当因果関係の問題を全く無視する誤った非法律的見解というほかない。かえって、本件操業休止と相当因果関係の範囲内にあるロスとなった固定経費としての休業手当相当額の補償をするのは勿論、ストック生産のための増分工賃もまた本件操業休止との間に相当因果関係のある損失として補償されるべき性質のものである。

(3) 収益補償

被控訴人が操業休止に備えて計画的にストック増産をしているから、操業休止中も販売活動を通常どおり維持できる以上、収益補償をする必要はないとの控訴人の主張は、被控訴人の企業努力の成果を一切認めないもので、ストック生産を製薬会社としての公共的責務から行ったものであり、そのような公共的使命を果たさない企業の場合に限って補償を認めるという本末転倒の不合理な主張であることは、先に述べたとおり((1)②)である。

したがって、控訴人の収益補償についての主張は理由がない。

三  当裁判所の判断

1  当裁判所も、「控訴人の本案前の主張(出訴期間徒過)」、「土地収用法一三三条の訴えの性質」、「建物及び設備の移転料」、「従業員移転関連費用」、「憲法二九条三項に基づく本件収用土地の価格補償」につき、原審と判断を同じくするから、原判決理由中その説示(原判決第三、一ないし三、七及び八)を引用する。

2  生産機能の回復に要する費用と損失補償

この点に関する当裁判所の判断は、次に付加するほか、原判決説示のとおり(原判決第三、四)であるから、これを引用する。

(一) 当裁判所も、土地収用法八八条の規定は、客観的社会的にみて収用に基づき被収用者が通常受けるであろう経済的、財産的損失につき、収用の前後を通じて被収用者の有する財産的価値を等しくならしめるに足りる補償をすべきことを規定するものと解するが、被控訴人が主張するように、平野工場を製造所として製造許可を得ていた医薬品につき、移転先において、新たに製造許可を得て、医薬品の製造を再開するためには、右移転料等の額を上回る費用(生産機能の回復に要する費用)の出捐が必要であるとしても、右費用を投下したことによって、被控訴人はその投下資本に見合う経済的、財産的価値(新工場)を取得することができるのであるから、生産機能の回復に要する費用の額自体を被控訴人の損失と認めることはできないと考える。

しかしながら、前示認定のとおり(原判決一三二頁四行目から一四三頁初行まで)、本件裁決当時における製薬業界のGMP規制についての実情認識及び平野工場の状況を前提とすれば、平野工場のような構造設備を有する製薬工場を移転する場合には、客観的社会的にみて、通常、移転先において新たに医薬品の製造許可を取得し、製薬工場としての生産機能を回復するために、GMP規制の実情に則した構造設備の改善を行わざるを得ない情況にあったものと認められるところ、本件収用によって、右構造設備の改善時期が繰り上がることも明らかであるから、右構造設備の改善費用を、収用なかりせば改善を必要としたであろう時期までの期間運用することによる利益(生産機能の回復に要する費用の運用利益)相当額については、収用によって、土地所有者が通常受ける損失として、土地収用法八八条に基づき、その補償を要するものと認めるのが相当である。

(二)  この点につき、控訴人は、建物等の移転に伴い、建築基準法その他の法令の規定に基づき必要とされる施設の改善費用(法令改善費用)が補償の対象にならないことは、損失補償基準要綱二四条二項、及びこれを受けてその細目を定めた損失補償基準三二条の規定するところであり、法令改善費用の運用益相当額についても、法令改善費用自体と同様に考え、補償の対象となる特別の犠牲に当たらず、補償を要しないとする。

確かに、法令改善費用自体を補償の対象となる被控訴人の損失と認めることはできないが、前示のとおり(前記(一))、平野工場のような構造設備を有する製薬工場を移転する場合、客観的社会的にみて、通常、構造設備の改善のための費用の支出を余儀なくされるものと認められる以上、その支出が繰り上がった期間の運用利益相当額は、これをもって、「通常受ける損失」と認めるのが相当であり、これと異なる前提に立つ控訴人の右主張は採用できない。

(三)  控訴人は、本件における建物移転料の裁決は、被控訴人の建物等について減価償却費を考慮しないで新設補償を行うものであり、従前の建物の再建価格が補償されるのであるから、運用益に関する補償は問題とならないとする。

しかしながら、本件裁決が減価償却費の額を控除していない理由の一つには、被控訴人の機能回復に配慮したことが挙げられるとしても、このことは、被控訴人が収用により通常受ける損失と認められる生産機能の回復に要する費用の運用利益を補償することを否定する事由とはなり得ない。加えて、本件裁決が認めた建築費は、建物等の減価償却費を控除していないとはいえ、小野工場の建築代金の単価には到底及ばない額であるうえ、前示のとおり(原判決一四六頁一〇行目から一六一頁四行目まで)、客観的社会的にみて、通常、平野工場のような構造設備を有する製薬工場を移転する場合に、移転先において医薬品の生産機能を回復するために、支出を余儀なくされる構造設備の改善費用の額を、小野工場の建設請負代金及び設計監理科の合計額のうち、平野工場の床面積相当額と、本件裁決が認めた平野工場の推定再建築費用及び設計監理科合計額の差額の概ね五割に相当する限度においてのみ控え目に認定したことに照らせば、本件裁決において減価償却費の額が控除されていないからといって、控訴人の主張するように、従前の建物の再建価格が補償され、運用益に関する補償を問題にする余地はないとすることはできない。

(四)  控訴人は、被控訴人の主張によっても、平野工場がGMP適合工場としての限界に近づき、近々のうちに工場の移転又は新設等の抜本的な改善を行う必要に迫られていたというのであるから、生産機能回復のための改善費用は、被控訴人において可及的速やかに支出せざるを得ない状態にあり、その支出時期が繰り上がったと認めるべき事実は存しないと主張する。

しかしながら、前示認定(原判決一五七頁二行目から一六〇頁七行目まで)の平野工場の構造設備の状況及び平野工場移転に向けての準備態勢の整備状況等に照らせば、平野工場がGMP適合工場としての限界に近づき、近々のうちに工場の移転又は新設等の抜本的な改善を行う必要に迫られていたとはいえ、収用なかりせば、少なくとも五年を超えない期間は、従前どおりの操業を継続することができ、改善費用の支出を免れたであろうと認められる。

したがって、右期間(五年)が、本件収用によって、生産機能回復のための改善費用の支出の時期が繰り上がったものと認められるから、控訴人の右主張は採用できない。

3  機械装置の移転料

(一)  当裁判所も、「裁決時点に設置がされていた機械及び装置の移転料」(原判決第三、五1)、「裁決後明渡期限までに設置された機械及び装置の移転料」(同五2)、「控訴人の主張に対する検討」のうち、「不告不理の原則について」(同五3(一))、「補償金の増額を目的とする機械及び装置の設置」(同五3(三))、「増額すべき機械及び装置の移転料」(同五4)に関し、原審と判断を同じくするから、原判決の当該理由説示を引用する。但し、原判決一七六頁八行目の「同表6」を「同表の番号6」と改める。

(二)  土地収用法八九条一項による制約について

控訴人は、本件機械装置は、いずれも、事業認定の告示後に大阪府知事の承認を受けることなく、設置された物件であるから、土地収用法八九条一項の趣旨に照らし、その移転料は補償対象となり得ない旨主張する。

(1) 前示のとおり(原判決一六一頁六行目から一六二頁一一行目まで)、本件裁決において、その移転料の補償が認められなかった原判決添付別表4記載の機械及び装置のうち、本件裁決の日である昭和五七年七月一三日までに移転対象建物に設置されている機械及び装置は、客観的社会的にみて、通常は、建物と併せて移転対象となるものと認められるから、その移転料は、原則として、被収用者が通常受ける損失として、土地収用法八八条に基づき補償を要するものというべきである(これに対し、本件裁決後、明渡期限までに設置された機械及び装置については、裁決時点に存する客観的事実を基礎として客観的社会的にみて、被控訴人がそれまでどおりの操業を継続していくうえで、通常、恒常的に買い換えや新設がされるであろうことが予測される範囲のものとは認められないこと原判決説示のとおり(原判決第三、五2)であるから、その移転料は通常受ける損失ということはできず、補償対象となり得ない。)。

(2) 事業認定の告示後においては、起業地について明らかに事業に支障を及ぼすような土地の形質の変更が禁止されるとともに、当該行為をしようとする者は、特に都道府県知事の許可を受けなければならない(土地収用法二八条の三)。起業地といえども、それが収用されるまでは、本来自由な所有権の行使が認められるべきものであるが、他方、起業地は、事業認定によって、事業の用に供されることが決定されたのであるから、社会的又は国民経済的見地からすれば、事業に支障を及ぼすような行為は抑制されるべきものである。そこで、土地収用法八九条一項は、損失補償との関連において、事業認定の付随的効果として、一定の行為を行なうについて、事前に都道府県知事の承認にかからしめることとし、財産権行使の必要性と国民経済的見地からするその抑制の必要性との調整を図ることとしたものである。

同条の適用範囲について、事業認定の付随的効果(権利制限の効果)が及ぶのは起業地内の行為に限定されるか(或いは起業地外の残地についても同条の適用があるか)は議論の存するところであるが、起業地外の残地についても同条の適用があるとしても(本件機械及び装置は、総て起業地外のC土地に存する物件である。)、同条の規定の趣旨からすれば、物件の通常の用法に従った維持管理は同条の対象となる行為には当たらないことはもちろん、従前どおりの操業を継続していくうえで、客観的社会的にみて通常予測される範囲の物件(機械及び装置)の買い換えや設置についても、同条の制約は及ばないものというべきである。

これを本件について検討するに、本件機械装置が、専ら移転料の増額を企図して、本件裁決直前に買い換え又は新設がされたと認められないことは前示のとおりであり(原判決一七三頁一一行目から一七四頁八行目まで)、証拠(甲第七号証の一ないし一一四、第九九、第一〇〇号証、原審証人生田忠彰、同杉山慶男)並びに弁論の全趣旨によれば、本件機械装置は、本件裁決の日(昭和五七年七月一三日)までに移転対象建物に設置されている機械及び装置で、昭和五六年八月から昭和五七年六月までの間に、製造環境改善のため(例えばルームエアコン)、或いは従前どおりの製品の品質管理を行うため(例えば各種の試験検査機器)、さらに製造機器については、従前の機能を維持し、又は能力の向上、増産等の目的のために、これらの機器を買い換え又は新設したものであることが認められる。

右認定事実によれば、本件機械装置は、被控訴人が従前どおりの操業を継続していくうえで、客観的社会的にみて、通常、恒常的に買い換えや設置がされるであろうことが予測される範囲のものと認めるのが相当であり、右の買い換えや設置については同条の制約は及ばないというべきである。

したがって、本件機械装置につき土地収用法八九条一項による制約をいう控訴人の主張も採用できない。

4  営業補償

(一)  「土地収用法八八条によって補償されるべき営業上の損失補償」(原判決第三、六1)、「平野工場の操業停止期間」(同六2)、「試験操業による営業上損失の補償」(同六6)、「併行操業費用の補償の要否」(同六7)に関する当裁判所の判断は、次に付加するほか、原判決の説示と同一であるから、これを引用する。

(1) 操業停止期間

控訴人は、ノイロトロピンの製造日数を四一日とする合理的根拠はなく、これを前提に二か月間の操業停止期間が必要であるのは誤りであるとし、一般的に製造期間の推計を行う場合に用いられる仕掛品回転期間による製造期間の分析手法を用いて右製造期間を約10.5日と推定し、これを前提とすれば操業停止期間は一か月を超えることはないとする。

控訴人主張の推計モデルの手法は、① 一般に商品を生産する場合、投入材料に加工を始める仕掛品が生じ、その加工が完了し、製品が産出されると仕掛品がなくなるという過程をとること、② ある時点で生産を停止すると、そこには加工度零に近いものから加工度一〇〇に近いものまでの仕掛品が存在しているはずであり、したがって、その時点で存在する仕掛品の加工度は平均五〇パーセントであると推定できることを前提とし、乙第四三号証によれば、右推計式は、③ 製品の製造に着手する際、原材料を全量投入すること、④ 製造期間中、毎時、毎日、同一の率で加工を施していくこと、⑤ 一時点では、いろいろな段階の仕掛品が、いわば連続的にあること、の三つの条件を備えている製造業に妥当するものと認められる。

しかしながら、乙第二三号証及び前示認定の事実(原判決一八九頁一一行目から一九〇頁八行目まで)並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、生体活性物質を専門に研究し、製造する製造メーカーで、その平野工場の製造工程は、控訴人主張の推計モデルが対象とする製造工場のような単純な一工程と同視し得るものではなく、質的に異なった幾多の工程が複合するものであるのみならず、推計モデルの前提条件のように、製造に着手する際、原材料を全量投入するものではない(原料工程においては工程の進行に伴い中和剤・吸着剤等が投入され、製剤工程では直接の容器であるアンプル、包装材料等が投入され、当初から原材料を全量投入するシステムとはなっていない。)こと、また、仕掛品の加工度(加工費の進捗度)もそれぞれ進捗度の異なる工程が複数存在し、ある時点を捉えて単純に平均五〇パーセントの完成とみなすこともできないこと、そして、ノイロトロピンの製造工程には原料工程と製剤工程との質的に異なる二つの工程があり(原判決一八九頁一一行目から一九〇頁八行目までに記載のノイロトロピンの製造七工程のうち、第二工程から第五工程までが原料工程であり、第六及び第七工程が製剤工程である。)、さらに各工程には細部の工程が存し、それぞれ作業員が異なることからすれば、毎時、毎日、同一の進捗度で連続的に加工されるものではないことが認められる。

また、控訴人が製造期間推定の基礎として算定する仕掛品の価格の総額には、製剤工程のみの仕掛品をもって仕掛品の価格の総額を推計しているにすぎず、本来含まれるべき原料工程の仕掛品の分が脱落していること、さらに、控訴人の仕掛品価格の総額の推計の主張は、第五三期の決算書である甲第一二〇号証の製造原価計算書の「平野工場の部」の期首仕掛品棚卸高一億一六二万八二三八円と期末仕掛品棚卸高七二四四万七九七〇円から推計計算をしていることからすれば、平野工場での製造が総てノイロトロピンであることを前提とするものであるところ、平野工場では、ノイロトロピン注射剤のほかに、錠剤、内服液剤、エアゾール剤、外用剤、原料薬等を製造しており(生産高の順にヒスタグロビン、血液製剤、メサルモン等が製造されている)、ノイロトロピン製品は、全製造品のうちの約六七パーセントであること(ノイロトロピンの全生産高に占める割合は、本件裁決時の昭和五七年度で六四パーセント、本件明渡時の昭和六〇年度で六七パーセントであること)が認められる(甲第三号証、原審証人森脇の証言並びに弁論の全趣旨)。

以上認定の事実に照らせば、控訴人主張の推計方法は、一般の製造業とは異質な被控訴人の製薬工場にそのまま妥当するとはいえないのみならず、右推計の基礎資料についても種々疑問の存するところであるから、右推計方法に依拠して操業停止期間をいう控訴人の主張は、理由がない。

(2) 試験操業経費

控訴人は、操業率を落として操業を行うのが通常である試験操業においても、本操業時と同様の生産量で操業し、経費を投入することを前提として原材料費、労務費を計算することは経験則に反するとし、ノイロトロピンの製造日数を10.5日と推計すれば、試験操業期間は、原判決認定の八七日の三分の一程度で一か月を超えるものではなく、試験操業経費(原材料費、労務費等)は、操業度を四分の一と計算して原判決認容額(四五二六万〇四一〇円)の一二分の一程度になると主張する。

しかしながら、控訴人主張のノイロトロピンの製造日数10.5日の推計が採用できないことは前記(1)のとおりであるから、これを前提とする試験操業期間から試験操業経費をいう控訴人の主張は理由がない。

また、控訴人は、試験操業の操業度に見合う投入経費の観点から、原判決認定の試験操業経費の金額を争うが、証拠(甲第一号証、第一六号証の四、乙第二三号証)並びに弁論の全趣旨によれば、本件裁決は、試験操業の操業度が四分の一程度であることを織り込んだうえ、試験操業経費を九九九一万円としていることが認められるところ、原判決は、その説示のとおり(原判決第三、六6)、試験操業経費の算定に当たり試験操業期間等を含め基本的には本件裁決に依拠するものの、試験操業のための投入経費(増分原材料費等及び増分労務費)を大幅に減額したうえ、試験操業経費として本件裁決の認定額の約四五パーセントにすぎない四五二六万〇四一〇円を認定しているのであるから、操業度に見合う投入経費の減額をいう控訴人の右主張は理由がない。

したがって、いずれにしても、原判決認定の試験操業経費の減額をいう控訴人の主張は理由がない。

(二)  固定経費補償の要否

(1) 製造経費及び研究経費の補償について

収用に伴う移転のため、当該企業の操業停止中にもかかわらず、毎期固定的に支出が見込まれる経費(固定経費)が補償の対象とされるためには、操業停止期間中に販売活動が停止した(売上がなかった)ことが必要である(乙第四二号証)。操業停止期間中、製品の供給停止を回避する措置として、操業停止期間に見合うストック生産をすることにより通常どおりの販売活動が維持されるのであれば、操業停止期間中の固定経費はストックされた製品の売上により回収されるから、補償を考慮する必要はないというべきである。

客観的社会的にみて、通常は、医薬品の製造工場の移転に伴う操業停止に当たっては、製品の供給停止を可及的に回避すべく、社会通念上相当な企業判断に基づく措置が採られるべきものと認められるところ、本件においても、原判決説示のとおり(原判決二二二頁二行目から二二四頁一一行目まで)、ノイロトロピンの非代替性や被控訴人が客観的に有する生産余力や営業力に加え、本件裁決(昭和五七年七月一三日)から明渡期限(昭和六〇年九月三〇日)までの期間をも考慮すると、平野工場の操業停止に備え、その操業停止期間である二か月分の生産高に相当するストックを増産し、その営業・販売活動を継続することが、社会通念上相当な企業判断であると認められ、証拠(原審証人森脇の証言、原審記録八〇九四丁裏)並びに弁論の全趣旨によれば、工場移転時の生産減少に備えたストック製品の対応により、現実にも販売活動に殆ど影響のなかったことが認められる。

以上によれば、控訴人主張にかかる操業停止期間中の固定経費補償のうち、製造経費及び研究経費の補償については、操業停止期間中も維持された右営業・販売活動によって回収される関係にあり、補償対象とはならないというべきである(なお、研究経費の補償について、甲第一九号証、原審証人森脇、同番匠谷の各証言によれば、被控訴人は、平野工場の移転に先立つ昭和五八年六月に、社研究所を完成させ、平野工場の研究開発部門は、同研究所に吸収されたため、平野工場の移転にもかかわらず、研究開発活動は停止することなく継続することができたことが認められる。)。

(2) 販売費及び一般管理費について

前示(1)のとおり、被控訴人は、平野工場の移転により操業を停止しても、ストック製品の販売等によって、ほぼ平常どおりの営業活動を維持することができたのであり、かつ、そのような措置を講ずることが、被控訴人のような医薬品の製造等に携わる企業の社会通念上相当な企業判断であることからすれば、企業の営業活動一般の進行に伴って発生する費用項目である販売費及び一般管理費についても、右営業・販売活動を通じて回収し得る関係にあるから、操業停止期間中の販売費及び一般管理費は、被控訴人に通常生ずる損失とは認められず、補償の対象とはなり得ない。

なお、平野工場の操業停止が、被控訴人の営業・販売活動に及ぼす影響(活動率の低下)の有無については、ストック生産により計画的に在庫調整することで対処できると考えられ、また、現実にも販売活動に殆ど影響がなかったことからすれば、活動率の低下は僅かなもので、これを斟酌しないで済ませる程度のものであると推認され、ストックのみに頼って行なう営業・販売活動にみられる消極的側面を考慮しても、一律に一〇パーセント程度の活動率の低下は不可避とみる(原判決説示)のは相当でない。

(3) まとめ

以上によれば、平野工場の操業停止に伴う固定経費の補償請求(平野工場製造経費、研究経費、販売費及び一般管理費)は理由がない。

(三)  給与手当

(1) 平野工場及び串木野工場の従業員に対する休業手当相当額の補償

① この点の判断は、次に付加するほか、原判決説示のとおり(原判決第三、六4(一)(三))であるから、これを引用する。

② 控訴人は、平野工場の操業停止期間(二か月)中の休業手当相当額の算定において、基準内賃金を推計することなく、賞与や残業手当も含めた計算をしているのは誤りであると主張するが、その請求の根拠となっている被控訴人の第五三期決算書(甲第一二〇号証)によっても、平野工場の給与手当中に固定費的性格を有する賞与や残業手当が含まれているか否かは必ずしも判然としないのみならず、仮に含まれていると推測しても、本件証拠上これを分別して確定することができないから、右主張は採用できない。

③ 控訴人は、平野工場の従業員に対する休業手当相当額の補償について、本件裁決額に一〇パーセントを加算して補償を増加することは誤りであると主張する。

土地収用法八八条にいう「通常受ける損失」とは、裁決時点に存在する客観的事実を基礎として、客観的社会的にみて、明渡時期に被収用者が通常受けるであろうことが予想される損失を意味するものと解されるところ、証拠(甲第一一、第一八、第五五号証、第一三四号証の一、二、三の(1)ないし(6))並びに弁論の全趣旨によれば、本件裁決時点において、平野工場の生産金額は年々一五パーセントから二〇パーセント、被控訴人の従業員数は年々五パーセントから一〇パーセントの各割合で上昇ないし増加していたことが認められ、これを考慮すると、被控訴人が明渡時期に通常受けるであろうことが予想される損失は、五三期の実績金額(甲第一一九、第一二〇号証)を基礎に算定した平野工場従業員に対する休業手当相当額に、その一〇パーセントを加算した金額(原判決添付別紙営業補償計算書記載)であると認められ、これを補償するのが相当である。

これと見解を異にする控訴人の右主張は採用できない。

(2) 研究開発活動従事者及び販売管理部門の従業員に対する休業手当相当額の補償

被控訴人は、研究経費や販売費及び一般管理の内訳項目である給与手当も休業手当補償の対象として請求するが、これらは、固定経費であるところ、固定経費は、前示のとおり(4(二)(1))、操業停止に備えて増産されたストック製品により、操業停止期間中も販売活動が維持されて売上は実現し、その売上によって回収される関係にある費用であるから、営業補償の対象とはならないというべきである(乙第四二号証)。

(3) まとめ

以上のとおり、平野工場の操業停止に伴い補償を要する給与手当の額は、結局、平野工場従業員分八〇〇〇万五一二六円と認める。

(四)  利益補償及び得意先損失補償等

(1)① この点に関する当裁判所の判断は、次に付加するほか、「利益補償及び得意先損失補償等」(原判決第三、六5)のうち、「生産活動の停止と収益補償の関係」(同六5(一))、「供給停止回避のための増分経費等の補償の必要性」(同六5(二))、「供給停止回避のための増分経費等の金額」(同六5(三))、「得意先喪失補償の要否」(同六5(六))に関する原判決の説示と同一であるから、これを引用する。

② 控訴人は、供給停止回避のための増分経費等についても、本件裁決額に一〇パーセント加算して補償を増加するのは誤りであると主張する。

しかしながら、この点の判断も、先に平野工場の従業員に対する休業手当相当額の一〇パーセント加算について説示したところ(4(三)(1)③)と原判決説示(原判決第三、六5(三))のとおりであり、ストック生産のために被控訴人が通常受ける損失は、本件裁決時点の損失金額四二五七万四五六七円に、当時の生産量の上昇を考慮し、一〇パーセントを加算した四六八三万二〇二四円と認めるのが相当である。

(2) 利益補償の要否

前示のとおり(原判決第三、六5(二)、(三))、平野工場の操業停止期間(二か月)の生産高に相当するストックを増産することが、客観的社会的にみて、相当な企業判断であると認められ、そのための増分経費等の補償を認めるのであれば、理論上、平野工場の操業停止により被控訴人の収益減はないということになる。しかも、実際上も、前示のとおり(原判決第三、六5(二)(5))、被控訴人は、全国に約二〇か所の営業拠点を有していることに加え、証拠(甲第一八、第一二〇、第一二三号証、原審証人日下部及び同森脇の各証言)並びに弁論の全趣旨を総合すると、① 被控訴人は、平野工場以外に和歌山工場においてマスチゲンドリンクの製造を行なっているうえ、輸入製剤であるペナテンの販売も行なっており、平野工場の操業停止によってさほど影響を受けることなく、一部商品の販売活動を継続することが可能な態勢にあったこと、② 現に、平野工場の操業停止時期を含む昭和六〇年度の公表利益と本件裁決直近の昭和五六年度のそれと比較しても大きな落ち込みはなく、申告所得の金額はむしろ増加していることが認められる。

以上を併せ考慮すると、客観的社会的にみて、平野工場の操業停止により、通常、収益の減少が不可避であると認めることはできないから、収益減に対する補償請求は理由がない。

(3) 以上によれば、平野工場の操業停止に伴う、医薬品の供給停止回避のための増分費用等として四六八三万二〇二四円の補償を認めるのが相当である。

(五)  営業補償金額

以上の認定によれば、被控訴人に対して支払われるべき営業補償は、次のとおりである。

(1) 休業手当相当額

平野工場製造経費

八〇〇〇万五一二六円

(2) 供給停止回避のための増分経費等

四六八三万二〇二四円

(3) 試験操業費

四五二六万〇四一〇円

(4) 合計一億七二〇九万七五六〇円

右合計金額一億七二〇九万七五六〇円と、本件裁決において、認容された製造費用補償金額一億七一〇六万円との差額である一〇三万七五六〇円が、被控訴人に対して増額して支払われるべき営業補償金の額と認められる。

なお、被控訴人は、大阪府収用委員会の審理において、控訴人は、平野工場の移転のために、二か月間の操業停止が必要であることを認めて、被控訴人に対して支払うべき営業補償金額として五億三一九〇万三〇〇〇円を見積もっていたのであるから、本件裁決がこれを下回る営業補償を認定することは、土地収用法四九条二項、四八条三項、九四条八項の定める当事者処分主義に違反するし、また、控訴人が本訴において、右に反する主張をすることは、禁反言の原則、信義則によって許されないと主張するが、右主張の採用できないことは、原判決説示のとおり(原判決二五三頁一〇行目の「しかし」から二五四頁八行目まで)である。

5  総括

以上の認定によれば、被控訴人の増額請求のうち、認容することができる補償金額は、次の(一)ないし(三)の合計金額である二億四六一四万〇一三六円と認められる。

(一) 医薬品の生産機能を回復するために必要な改善費用の運用利益相当額

一億四六八五万九〇〇〇円

(二) 機械及び装置の移転料

九八二四万三五七六円

(三) 営業補償

一〇三万七五六〇円

(四) 合計

二億四六一四万〇一三六円

よって、被控訴人の本訴請求は、二億四六一四万〇一三六円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容すべきである。

四  結語

以上の理由により、本訴請求は、前記正当と認めた限度で認容し、その余は失当として棄却すべきところ、これと異なる原判決は一部不当であるから、本件控訴に基づき、これを本判決主文第一項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法九六条、八九条、九二条に従い(なお、本件訴えの性質に鑑み仮執行宣言を付することはできない)、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官志水義文 裁判官高橋史朗 裁判官松村雅司)

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